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最高裁判所第一小法廷 昭和22年(ね)1号 決定

主文

本件再審請求を棄却する。

理由

辯護人岡崎源一仝佐々木日出男再審請求の理由は「本件ハ現行犯ニ非ラス案件ノ内容モ極メテ簡單ナルモノナリ又請求人本人ハ官吏ニシテ一定ノ住所ヲ有シ生家ハ地方ノ名望家ニシテ相當ノ資産ヲモ有シ、亳モ逃走ノ虞ナキハ勿論證據湮滅ノ危惧サヘ無キモノナリ從ッテ身柄ハ拘束スヘキ必要ナキニ拘ラス司法警察官ハ昭和廿年十二月十五日ヨリ仝廿一年二月九日迄申立人ヲ留置シ酷寒中長期ノ強制ヲ加ヘ又第一審檢事ハ其拘束中警察署ニ出張シ聽取書ヲ作成セリ而カモ其際請求人ハ長期間ノ拘束ト警察署ノ取扱ニヨリ身體衰弱シ訊問ニ堪エサル苦痛ヲ申出テタルニ係リ檢察官ハ訊問ヲ強行シ「汝ハ金ガ欲シクテヤッタノデハナイカ」ト問ヒ請求人カ「左様デハアリマセン警察デ左樣ニ答ヘタコトニナッテヰルノハ真実デハアリマセン」ト度々答ヘタル處係リ檢察官ハ「汝ガ左樣ナ氣持ナラバ何日デモ事件ヲ調ベナイ」ト言ヒ放チ其侭取調ヲ中止シテ歸室セシメ其次ノ取調ノ際ニモ身體カ極度ニ弱リ生命ノ保持サヘ出來ヌト思ヒ再度其旨ヲ申出テタルニ當該檢察官ハ「汝ノ健康ハ自分ノ知ッタコトデハナイ」ト答ヘテ取合ハス訊問ヲ強行セリ

仍而請求人ハ自己ノ健康上ヨリ該檢察官ノ強制ニヨリ止ムナク真意ニ反スル虚僞ノ供述ヲ爲シタル如キ調書ノ作成トナリ之ニ基キ裁判ヲ受ケタルモノナリ之レ即チ警察ノ取調以來第二審公判ニ至ル迄其供述一致セス延ヒテハ斬カル強制ニ基ク虚僞ノ證據ニ依ル第一審ト第二審判決ノ結果ニ極メテ差異ノ生シタル事実ニ徴スルモ明白ナル處ナリ

第一審及第二審判決ハ斬様ニシテ出來上リタル聽取書ノ記載ヲ證據ニ援用シタルモノニシテ事実審ノ最終タル第二審判決ハ證據トシテ援用スヘカラサル資料ヲ援用シテ犯罪事実ヲ認定シタルモノナリ

右ノ事実ハ現行刑事訴訟法第八十七條及同第九十條ノ規定ニ違反スルコト勿論ナルノミナラス新憲法第三十八條ニ「何人モ自己ニ不利益ナ供述ヲ強要サレナイ強制拷問若クハ脅迫ニヨル自白又ハ不當ニ長ク抑留サレタ後ノ自白ハ之ヲ證據トスルコトカ出來ナイ」トノ明文アリ又「日本国憲法ノ施行ニ伴フ刑事訴訟法ノ應急的措置ニ關スル法律」第十條(前同一ノ文字ノ條文)ニモ違反スルモノナリ唯新憲法及前掲刑訴ノ應急的措置法ハ本件ノ判決言渡後ノ法律ナリトノ見解ナキニシモ非ラサルカ本件ノ最終判決言渡ハ新憲法ニ則ル立法府ノ一タル參議院議員ノ選擧ハ既ニ行ハレテ其結果ノ発表モ完了シ新憲法ニヨリ最モ重要ナル国家機關タル衆議院議員ノ選擧執行ノ當日即チ四月廿五日ニ爲サレタルモノナリ

仍而旬日ヲ出テサル後ニ実施セラレタル新憲法ハ當然適用ヲ受ケテ然ルヘク又再審請求ニ要スル原判決ノ謄本ハ実ニ新憲法実施ノ後ニ漸ク受領シタルモノナリ

新憲法ノ明文ニ徴スレハ當然無罪トナル可キ本件ハ刑事訴訟法第四百八十五條中原判決ニ於テ認メタル罪ヨリ輕キ罪ヲ認ム可キ證據並ニ論據ヲ新ニ発見シタルトキニ該當スルコト論ヲ俟タサルトコロナリ

從テ原判決ニ對シ速カニ再審御開始ノ決定ノ御裁判相成度懇願候也」というにある。

しかし原判決は昭和二十二年四月二十五日に言渡されたものであり、憲法並に日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に關する法律の施行前に確定したものである。從って前記事後法の規定を援用して、確定後の原判決を非難するのは當らない。辯護人は再審請求の理由として「刑事訴訟法第四百八十五條中原判決に於て認めたる罪より輕き罪を認む可き證據並に論據を新に発見したるとき」に該當する旨を主張する。けれども本件においては同條第六號に定めた「原判決に於て認めたる罪より輕き罪を認むべき明確なる新證據」は何等提出されていない。

辯護人の見解は、或いは「原判決において認めた罪より輕い罪を認むべき論據」を提示すればよいというにあるかも知れぬが、かかる論據の提示だけでは適法な再審請求の理由とはならないことは明かである。その上辯護人の提示した論據は、採用に値しないことは前述のとおりである。從って本件再審請求は理由がない。

よって刑事訴訟法第五百五條により主文の通り決定する。

右決定は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

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